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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2190号 判決 1960年9月29日

控訴人(原告) 桐ケ久保武郎

被控訴人(被告) 東京都知事

原審 東京地方昭和三一年(行)第九六号(例集一〇巻九号172参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が、控訴人の昭和三十一年二月十三日付公衆浴場営業許可願に対し、同年四月三十日なした不許可処分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、………証拠省略………と述べた外は、原判決事実摘示記載(但し、原判決八枚目裏四行目昭和三二年とあるは、昭和三十年の誤記と認める)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一、控訴人が昭和三十一年二月十三日被控訴人に対し、設置場所を東京都台東区浅草石浜町一丁目六番地として公衆浴場営業許可を申請したのに対し、被控訴人が同年四月三十日右設置場所は配置の適正を欠くという理由で不許可処分をしたことは当事者間に争がない。

二、控訴人は、右申請にかかる設置予定場所は公衆浴場の配置上適正であるのにかかわらず被控訴人が前記の理由で不許可処分としたのは違法であると主張するので、まずこの点について判断する。

公衆浴場法第二条第一項の規定によると、公衆浴場の営業をしようとする者は、都道府県知事の許可を受けることを要し、同条第二項の規定によると不許可事由の一として知事は公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠くと認めるときは許可を与えないことができる旨定められているのであるが、同条第三項の規定に基き制定された昭和二十五年東京都条例第七十六号「公衆浴場設置場所の配置の基準に関する条例」第二条(昭和三十一年十月十六日条例第九十三号による改正前)には、公衆浴場の配置基準として新設浴場と既設浴場との距離は特別区の地域では二百メートル以上を保つべきこと、但し、土地の状況、予想利用者数、人口密度等を考慮し、公衆衛生上必要があると知事が認めたときはこの限りでない旨定められている。ところで控訴人の申請した本件浴場設置予定場所から二百メートルの距離内に三個所の既設公衆浴場の存することは、当事者間に争ないところであるから、右設置予定場所が前記条例第二条本文の要求する「既設浴場との間の距離二百メートル」という配置基準に適合しないものであることは明らかである。

そこで、本件において問題になるのは、本件の設置予定場所における公衆浴場の設置が同条但書の公衆衛生上必要と認められるものとして許可すべきものかどうかの点である。思うに前記公衆浴場法第二条において設置の場所が配置の適正を欠く場合をも不許可事由の一つとした趣旨は、被控訴人も主張するとおり、公衆浴場の設置について何らの場所的規整をしないときは、その偏在濫立をきたし、業者間に無用の競争を生ぜしめ、ひいては経営の不合理化を招き浴場設備の低下等公衆衛生上悪影響をきたすおそれがあるため、これを未然に防がんとするにあると解されるのであるが、同法に基く前示配置の基準に関する東京都条例は、まず第二条本文において、画一的に規律し得る既設浴場との間の距離によつて許否の基準の原則を定めるのであるが、配置の適正かどうかは、もとより具体的事情を度外視して上記の距離のみから決することはできないものであるから、距離的制限に反する場合でも知事において前示予想利用者数等各案件における具体的事情を考慮し、公衆衛生上必要と認める場合には新設を許可すべきものとしたものである。ところで、右の諸事情を考慮して浴場の配置の適否を決定するについては、多分に行政技術的考量を要するものであることに鑑み、かかる判断は、それが前記条例挙示の諸事情を無視し、若しくは事実上の根拠を欠くものであるか、又はそれが公衆衛生保持の目的から、公衆浴場の配置の適正を維持しようとする前示立法趣旨を逸脱し社会観念上著しく妥当を欠くと認められる場合を除き、知事の裁量に委ねられているものと解するのが相当であつて、右裁量権の限界を超えない限り、その許否の処分を違法とすることはできないものといわなければならない。

右の観点から、以下に本件不許可処分の適否に関し控訴人主張の事実について考察する。

(1)  昭和十五年と同二十五年の台東区の人口がそれぞれ控訴人主張のとおりであつて、戦後の昭和二十五年には昭和十五年に比し〇・五六九の割合に減少しているのに対し、本件場所を中心とする半径三百メートルの範囲内に戦前には八個所(控訴人主張のように九個所と認めるに足る証拠はない)の公衆浴場が存したのに現在は三個所にすぎず、人口の減少の割合以上に浴場数が減少していることは被控訴人の認めるところである。

(2)  控訴人主張の本件設置予定場所に隣接する既設の四浴場の入浴者数及びこれに基いて算定される予想利用者数一日八百二十三名という点については、これに符合する甲第七号証の記載があるけれども、各成立に争ない乙第五、六号証、第八号証の一、二の記載に照らせばいまだ控訴人の主張を認めるに足らず、他にこれを肯認すべき証拠はない。もつとも、被控訴人の調査に基く予想利用者数が一日六百十八名であることは、被控訴人の認めるところである。

(3)  控訴人主張の浴場増設の嘆願書が提出されていることは当事者間に争がない。

(4)  更に原審証人梅田久雄、当審証人深野はる、原審及び当審証人桐ケ久保弘の各証言を綜合すると、控訴人主張のように、本件設置予定場所から程遠からぬ台東区浅草石浜町一丁目二番地において昭和二十四年頃深野由五郎に対し浴場営業を許可し、更に翌二十五年頃右場所から二百メートルの制限距離内に平和湯と称する浴場につき営業を許可したこと及び右深野は許可を得ながら営業をせず、その後現在に至るまで附近に浴場の新設のないことを認めることができる。

以上の点を合せ考えると、控訴人申請にかかる設置場所は既設浴場三個所と二百メートルの距離を保つてないに拘らず、なお控訴人の申請を許可する余地が全くないとはいえず、被控訴人の不許可処分につき当不当の問題のあり得るものと考えられないではないが、右の事実からしては、被控訴人の右処分をもつて社会観念上著しく妥当を欠く等その裁量権の範囲を逸脱した違法の処分とすることはできないものといわなければならない。

三、次に控訴人は、本件不許可処分は何ら実質的な調査に基かず、かつ何ら具体的な不許可の理由がないのになされたものであるから違法であると主張する。しかし、いずれも成立に争ない甲第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし五、乙第八号証の一、二の各記載並びに原審証人高山好夫、同梅田久雄、同奥田栄二の各証言を綜合すると、控訴人は既に昭和三十年二月十八日本件浴場営業許可申請と同様の内容の申請をし、これが同年十月二十八日付で不許可となつた後、翌三十一年二月十三日更に本件申請に及んだもので、被控訴人としては前の申請について所要の調査をなし、東京都興行業法、旅館業法及び公衆浴場法運営協議会条例に定める諮問機関の答申を経て不許可処分をしたものであり、本件申請は前申請に対する不許可処分後半年も経てない時期になされたものであつたから、前申請の際に調査したところと現状との相違を調査検討の上、許否の決定に影響を及ぼすような新たな事情が見出されなかつたので、前処分と同様配置の適正を欠くという理由で不許可処分をしたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。よつて本件処分は所要の調査及び具体的な理由を欠き違法であるとする控訴人の主張は理由がない。

四、その他被控訴人のなした本件不許可処分をもつて裁量権の限界を超える違法のものとすべき事由を認めることはできないから右処分の取消を求める控訴人の請求は理由がない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用は敗訴の当事者たる控訴人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪俣幸一 堀義次 安岡満彦)

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